はじめしゃちょー、25歳。好きなことを、仕事にしてわかったこと

2018年07月13日

好きなことで、トップに立った人。

はじめしゃちょー、25歳。


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チャンネル登録者数は640万人、Twitterのフォロワー数は390万人以上。

その登録者数はYouTuberの第一人者であるHIKAKINに並び、フォロワー数は、有名芸能人にも引けを取らない。

1つ動画を出せば100万再生を超え、なんてことないツイートには1万以上の「いいね」がつく。彼の動向には、常に大きな注目が集まっているのだ。

きっと特別な才能にめぐまれ、立派な豪邸で悠々自適に暮らしているにちがいない。

でも取材で訪れたのは、静岡にある一軒家。そこは、物が散らかった雑多な部屋だった。


はじめしゃちょーの自宅リビング(Photo by 飯本貴子)



雑に置かれたゲーム機に、よくわからない鍋のフタ。床にはうまい棒が転がっていて、ブランド品や高級品は見当たらない。あるのは、「ベイブレード」や「遊☆戯☆王カード」のおもちゃだ。

無地のTシャツとハーフパンツで現れたのは、街にいても気づきそうにないくらい、とても地味な青年だった。

好きなことで生きている彼は、どうしてこんな場所にとどまり続けているのだろう? 自分の欲しい物ならば、なんだって手に入るはずなのに。
(取材:BuzzFeed Japan 吉田雄弥)


「好きなことで、生きていく」は、簡単だった?




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「好きなことで、生きていく」

YouTuberという職業は、天職を見つけることが難しいとされるこの時代に、逆行するかのように現れた。

2014年にテレビCMでも流れたストレートすぎるメッセージは、社会に良くも悪くも大きなインパクトを与え、今では小中学生の「将来なりたい職業」にランクインするほどになった。

もともと英語の教員を目指していたはじめしゃちょーは、大学4年生の春、このCM収録をきっかけに、YouTuberの道に進むことを決意した。


Photo by 飯本貴子



「好きなことで仕事ができているのは、すごく幸せなことですよ。普通に毎日見てもらいたいから、普通に好きなことをやっているだけ」

「客観的に見ても、『あぁ、楽しんでいるな』って自分もいる」

大好きなぬいぐるみの間に座り、フィットする場所を探しながら、明るく答える。

「いま、この3、4年を振り返ってみて、『楽しい』の一言に尽きますね」

好きなものは、「遊☆戯☆王カード」と「パズドラ」。いつも動画で伝わってくる、彼そのものだ。


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「動画を作るのは、楽しいですか?」

きっと、今まで何度も聞かれてきただろう。表情一つ変えず、当たり前のことを当たり前のように返しているようだった。

「楽しいですね」

聞かれたことに、淡々と答える時間が続く。

だが、「好きなことで、生きていくことは簡単でしたか?」と聞くと、「全然全然全然!」と、苦い表情を浮かべながら否定した。


Photo by 飯本貴子



「恐怖はあって、常に怖いじゃないですか」

なにが怖いのだろう? それまでとは打って変わり、早口で答える。

「好きなことを仕事にすると、好きじゃなくなるってよく聞くから」

YouTuberという仕事でやっていく。そう決めたはずが、「まだ学生だから、どうにかなる」と、心のどこかで甘えていた。

学生のときは、やりたいことをやっているだけで再生回数も、チャンネル登録者数も順調に伸びていった。


「はじめしゃちょー Photo Book」(提供写真)



学生時代に出した本(*1)でも、こんなことを言っている。

「途中で再生数は気にしなくなりました。(中略)作りたいものを作って、みんながちゃんと見てくれたから気にならなくなったんだと思います」

卒業した後に待っていたのは、想像もしていなかった「仕事の責任感」だった。


仕事の責任は、はじめしゃちょーを変えた




Photo by 飯本貴子



「責任を感じるようになってからわかったんですけど、YouTuberというクリエイターは見てもらうお仕事なので、なんでもかんでもやっていいわけではないんですよね」

コンビニに売っている飲み物をすべて買い、混ぜて飲んでみたり。メントスを体中に貼って、コーラで満たされたお風呂に入ってみたり。

ほかにはない、彼ならではの実験的な動画は人気コンテンツのひとつだ。だが視聴者が増えるにつれ、「もったいない」「マネしたら危ない」と批判を浴びることも増えてきた。

仕事としてやっている以上、自分のことだけを考えるわけにはいかない。画面の向こう側にいる、何百万人もの視聴者のことを考えなければいけなかった。

仕事の責任というものは、どれほど重いものだったのだろうか。

さっきまでの和やかな雰囲気から一転、真剣な表情で、静かに答える。


Photo by 飯本貴子



「見ている方がどう感じるのか、僕がしたいことをどうやって表現するのか。前は『純粋にやりたいことをやろう』という考え方だったのが、『僕がやりたいことをどうやって工夫して、動画で表現しよう?』という思考に変化していきました」

そこにいたのは、天真爛漫に、ただ好きなことだけで生きているような無責任な男ではない。

真剣に考える眼差しは、仕事と正面から向き合うクリエイターそのものだった。


静岡にとどまる理由




Photo by Yuya Yoshida



学生時代に比べ、自分のやりたいことを実現するのが難しくなってきた。だからこそ、やりたいことを続けていくために、彼は考え方から変える必要があった。

いまだに学生時代から住んでいる静岡にとどまり続けているのも、少しでもやりたいことを減らさないためだ。

ボロボロになった壁を指差しながら、はじめしゃちょーは笑う。

「昨日なんて、撮影でダーツをしていたら穴だらけになっちゃって。こんなの東京の賃貸じゃ、絶対大家さんに怒られますよね。でも、今の家はこんなふうに好きに暴れても、『出ていけ』って言われない。理解ある大家さんがいるから、静岡がベストかなって」

はじめしゃちょーをマネジメントするUUUMは六本木にあり、東京での撮影やイベント出演も多い。

「東京までの移動時間が1時間半。トータルで3時間かかるので、時間が惜しいとはずっと思ってます。この3時間を編集に充てられたらなって。新幹線代も高いですし」

仕事のことを考えると、東京に住んだ方がいい。

だが、一時は拠点を東京へ移したものの、「やりたいことができる」環境を優先し、2017年秋には静岡へ戻ってきた。


リビングの壁に飾ってある「平成の次を予想した年号」(Photo by 飯本貴子)



「家も広いし、逆に今の家を出たら、できることがもっと減っちゃうんじゃないかって」

「都心に今みたいな家があったら、いつでも引っ越す覚悟はできてますよ。めっちゃ調べたんですけど、ないんですよね」

左右に揺れながら、下を向いて話す。どこか落ち着かない。


好きなことから、離れていく葛藤




Photo by 飯本貴子



仕事としてのYouTuberの活動がはじまると、学生時代には想像もしていなかった壁がいくつも立ちはだかった。

それでも、見てくれる人が増えるのはうれしかった。やりたいことをやるのは楽しかった。

迷いながらもやりたいことをやり続け、毎日動画を投稿し続けることだけはやめなかった。「しょうがない」と、妥協することもなかった。

はじめしゃちょーは仕事の責任感と、とことん向き合った。

「表現の工夫として、いろんなフィルターをかけていくようになりました。フィルターによって、編集で『自分が面白いと思った部分』を削ることもあるんですよね」

「それって結局、好きなことからちょっとずつ離れていくことでもある。好きな部分がどんどんなくなっていくから。でも、離れ過ぎてもいけない。やりたいことで生きていくには、もどかしさを受け入れるしかないんです」


Photo by 飯本貴子



仕事の話になると毎回、「難しいですよね......」と、つぶやくように付け加える。

彼が最初に言っていた「楽しい」という言葉の裏側にある、本音のようだった。

それだけYouTuberという仕事に、本気で向き合っているようだった。向き合わなければ、やりたいことを続けられない。

そのもどかしさは、すぐに受け入れられるようになったのだろうか。


Photo by 飯本貴子



「いやぁ......」と、数十秒ほど考え込む。

「......言葉で言っているだけで、本当はまだ受け入れられてないかもしれませんね」

「でも、好きなことから離れないように、フィルターを薄くするためにどうやって編集するのか。その工夫こそが、クリエイターとしての腕の見せどころでもあります。これは仕事としてやってから見つけたことですね」

ぬいぐるみの足を抱きしめながら、引き笑いで話す。どうしようもない気持ちを、訴えかけるように。

「好きなことで、生きていく」から約3年半。どこにでもいる20代若者と同じように、彼は仕事や住む場所に悩んでいた。はじめしゃちょーにも、手に入らないものはあった。


痛みを知らないのは怖い




Photo by 飯本貴子



そんなはじめしゃちょーは、次の世代に伝えたいことはあるのだろうか。

「えーめっちゃ難しい質問ですね......平成5年生まれだから、平成のすべてを生きてきたわけでもないし......」

少し考え込み、ゆっくりと話す。

「ネットで仕事をしている人間が言うことではないと思うんですけど、生の目で、いろいろ見た方がいいですね」


Photo by 飯本貴子



「なんでもネットで見れる時代だからこそ、直接見て、体験することは、大切にしてほしい。生の目で見ることで、想像力が働くし、自分だけのアイデアが思い浮かんだりする。それに、やりたいことを体験するのは、楽しいことだから」

「なんか、カッコいいこと言いましたね(笑)」と、照れた様子で続ける。

「僕はよく、『こんなことを動画にして、だれかがマネしたら危ない』と怒られるんですが、やりたくなったんだったら、やってみて、若いうちにその痛みを知った方がいいんじゃないかと思うんです」

「もちろん、『危ないことをマネしろ』って言ってるんじゃないですよ。でも、痛みを知らないまま、失敗を知らないまま育っちゃうことの方が怖い。だからこそ、自分の目で見て体験して、感じてほしいです」

自分のやりたいことをやり続け、痛みも喜びも、すべて1人で受け止めてきたはじめしゃちょーだからこそ、出てきた言葉だった。


どうしてトップになれたのか?


インタビューを終え、リビングにはじめしゃちょーと彼を支える3人の若者が集まった。

壁には大量のゴッホの絵。これも、企画のために飾ったものだ。

彼はいま、「はじめしゃちょーの畑」という新チャンネルを開設し、後進を育てている。静岡へ自分と同年代の若者を呼び寄せ、ともに動画を作っているのだ。

キッチンをうろうろするはじめしゃちょーは、溶かしていたアイスクリームの入ったタッパーを手に取り、ニヤニヤしながらフタを開けた。


「はじめしゃちょーの畑」のメンバー。左からやふへゐ先生、たなっち、はじめしゃちょー、だいちぃ(Photo by 飯本貴子)



すると、畑のメンバーがなにを言うでもなくカメラを回しはじめ、自然と動画の撮影がはじまった。

目の前で起きた光景に、なにも特別なことはなかった。

ごくごく普通の青年が、3人の仲間たちと一緒にアイスを食べ、「染みる!」と楽しそうにはしゃいでいた。


Photo by 飯本貴子



そういえばインタビュー中、「どうしてここまでの存在になれたと考えていますか?」という質問に対し、「気づいたらなってました」と即答する場面があった。

いま思えば、それがすべてだった。

普通に生きるために、普通の努力をすること。カメラの前でも外でも変わらない。

はじめしゃちょーは、自分の好きなことをやっていたら、いつのまにかトップに立っていた。

(写真:飯本貴子、動画:中原慧哉)

編集後記:
写真を撮るために、はじめしゃちょーと駅へ向かって歩いていると、落ち込んだ様子で「ポケモンGO」の画面を見せてきた。「今日、バトルやってないですね......」。彼は動画と同じように、その瞬間も「やりたいことをやって」生きていたのだ。普通の青年だけれど、不思議と輝いている彼の近くにいるだけで、なんだかとてもワクワクする。短い間だったが、いつのまにか忘れてしまっていた童心に返ったような気持ちになれた。

<はじめしゃちょー> 超フリーダムYouTuber
1993年2月14日生まれ、富山県出身。「自由」をモットーにしている超フリーダムなYouTuber。実験系をメインにした、オールジャンルな動画が人気。体を張ったネタや、誰もしないような斬新な動画で、若年層より圧倒的な支持を得ている。740人で「だるまさんが転んだ」を行った動画では、2015年10月にギネス記録を取得している。
(*1)「はじめしゃちょー Photo Book」(講談社,2015,P48)

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