規制しても広がる出生前検査 議論する前に知っておくべきこと

2017年12月12日

出生前検査をする妊婦が増えることは「けしからん」ことですか?【宋美玄 BuzzFeed Japan, Contributor / 産婦人科医】

2013年に「新型出生前検査」と言われる染色体異常のスクリーニング検査が日本に入ってきて以来、出生前検査/診断についての報道が増え、話題になることが増えました。

妊婦さんの中には検査の方法や受けられる施設について情報を集められる方もいる一方で、出生前検査のなかった時代を知る人や医療従事者の一部には、おなかの赤ちゃんについて事前に調べることを快く思わない人もいます。

赤ちゃんの情報は一体誰のものなのか、その情報をどう扱うべきなのか考えてみたいと思います。


Nozomi Shiya / BuzzFeed



検査へのアクセスが制限 「安易に受ける人が増える」という危惧


新型出生前検査とも呼ばれるNIPT(Non-Invasive Prenatal Genetic Testing、非侵襲的出生前遺伝学的検査)が日本に導入されることをはじめに報道したのは読売新聞で、医療従事者・非医療従事者共に、反響はかなり大きいものでした。

「今まで胎児の染色体を調べるには、お腹に針を刺して羊水検査をしないといけないためハードルが高かったが、この検査が入って来たら母体の血液を取るだけで高い精度でわかってしまう(筆者注:実際には確定検査ではなく、スクリーニング検査です)。これでは安易に検査を受ける人が増え、大変なことになる」

そう危惧する動きが出ました。

結果的に日本医学会による厳しい施設基準と、夫婦揃っての遺伝カウンセリング、高齢妊娠に限るなど、検査へのアクセスが制限されることとなりました。

費用も約20万円と高額ですが、一時は有名アーティストのコンサートのチケット販売のように、なかなか検査予約の電話がつながらないというほどで、希望する人全員が受けられるというものではありませんでした。

増える希望者 増える非認定施設


NIPT導入を報じた記事は、総じて慎重になるべきだとの論調であったと記憶しています。しかし、皮肉にも結果的にそれまで意識していなかった人たちにも出生前検査の存在を知らしめることとなりました。

臨床の現場では、報道をきっかけに妊婦さんたちが「自分にも先天的な病気がある赤ちゃんが生まれて来るかもしれない」という不安が大きくなり、検査への関心と需要が高まったことを肌身で感じさせられました。

需要に対してアクセスが制限されると、闇にもぐるというのは世の常です。

現在、日本医学会の認定していないいくつかの医療施設でNIPTが行われており、年齢制限なく受けられ、比較的容易に検査の予約が取れ、認定施設では行わないことになっている性染色体の検査も行われています。

ほとんど説明もないまま検査を行い、結果は書類を郵送するのみのところもあります。「判定保留」のような結果であったとしても質問は受け付けていない施設もあり、臨床現場で問題となっています。

性染色体異常の中には、クラインフェルター症候群やターナー症候群のように長生きでき、健常人として一生を送れるものがいくつもあります。

しかし、単に疑われる病名だけが書かれた紙が郵送されてくるという「告知」を初めにされてしまったため、その後丁寧な遺伝カウンセリングを受けても、やはり受け入れられないということで中絶につながる、という例を専門の医師たちから聞かれています。

また、そのような施設はインターネット上で広告を多数出しています。私が診療でお会いする妊婦さんたちからは、「認定施設での検査を考えたが、インターネットで調べても認定ではない施設の情報ばかりが検索されて、結局自分では正規の施設の受診情報にたどり着けなかった」との声が聞かれています。

他の出生前検査は放置


NIPTは、日本に導入される際に大きく報道され、物議をかもしたこともあって、アクセスが制限されることとなりましたが、その他の出生前検査はそうではありません。

そのため、高齢妊娠でない妊婦さんは、NIPTを受けられない代わりに、体に負担のある羊水検査を受けている、といういびつな状況になっています。NIPTなどのスクリーニングで引っかかってから、流産のリスクがある羊水/絨毛検査を受けるのが本来医学的に妥当です。

NIPTが受けられない代わりに、クアトロ検査(母体血清マーカー)のように精度の低い検査が多く行われていることも問題だと感じます。

また、NIPTよりも安価で受けられて比較的精度の高い、NT(Nuchal Translucency:日本では俗に胎児頸部浮腫と言われています。胎児の首の後ろのむくみのようなものです)を含めた超音波マーカーと血清マーカーによる初期コンバインド検査については、NIPT希望者の遺伝カウンセリングでは説明されていないことも多いです。

「赤ちゃんが持ちうる病気と、出生前検査の種類や利点・欠点について妊婦さんが情報提供とカウンセリングを受けられ、自分で選択できる」という理想とは程遠いのが現実です。

非正規にNIPTを行う施設の存在は問題ではありますが、NIPTへのアクセスが現状のように制限されている問題についても議論されるべきだと私は思っています。

検査が受けやすくなると、中絶が増える?


検査に自由にアクセスできるようになると、「安易に」検査を受け、病気の赤ちゃんを中絶するようになってしまうため、検査に対して慎重にすべきだという意見も多いかと思います。

NIPTについては、認定施設の実績をまとめた報告によると、2013年4月から17年3月までこの4年間で検査を受けた4万464人のうち、陽性(802人)となり、確定診断で染色体異常と診断された人のうち、94%が人工妊娠中絶を選択したとの報道もありました。

出生前検査というものは産む・産まないを選ぶためのもの、もっと言うと先天疾患を持つ赤ちゃんを中絶するためにあるという印象を持たれている方も多いだろうと思います。

実際に、そのように考えて検査を希望される妊婦さんも多いのが事実です。しかし、「検査を受けて染色体異常が判明した人のほとんどが中絶を選んだ」と言うには、バイアスが大きすぎると思います。

先述のように、現状でNIPTを受けているのは、検査にアクセスする行動力と、経済力がある人に限られます。もともと、「染色体異常のある子供は受け入れられないから調べたい」という気持ちが強い夫婦のうちで、中絶を選んだ割合なので、高いのが当然だと思います。

もしも日本でも、ヨーロッパのいくつかの国のように妊婦全員が経済的負担なくNIPTを受ける選択肢を与えられれば、それほど大きい割合の人が子供の中絶を選ぶとは、私は思いません。

また、「21トリソミー(ダウン症候群)の胎児の中絶を選ぶ人は、病気について正確に知らないまま決断している。ダウン症について適切な情報が与えられれば、中絶を選ぶ人は減るのではないか」という意見もあり、重要な指摘だと思います。

ダウン症に限らず、身近に感じられないままに誤解やネガティブな印象だけを持つということは多いからです。しかし、誘導的でない情報を提供するというのは容易ではありません。

また、私は主に胎児超音波による出生前検査を専門の一つとしていますが、第1子がダウン症だったという方や、教育・福祉の現場でダウン症の子供たちと接している方で、「ダウン症の子供は可愛いし、社会の一員だけれども、親の大変さも知っているのでお腹の赤ちゃんがダウン症だったら受け入れられない」とおっしゃって検査を希望される方は珍しくありません。

病気を持つ子供について実際のところを知ることは大切だけれども、知りさえすれば妊婦全員が産むことを選択するということではないというのもまた事実です。

出生前検査とその結果によって人工妊娠中絶という選択をすることについては様々な立場から様々な意見があります(母体保護法には、胎児に病気や障害があることを中絶の要件とする胎児条項はありませんが、日本で現実として行われていることなので今回こちらでは議論しません)。

授かった命を選ばずに受け入れることは素晴らしいことです。先天異常が分かると多くの人が中絶を選ぶ社会では、病気や障害を持って生きている方は複雑な気持ちになることもあるだろうと思います。

一方で、障害児を持つ家庭への偏見や子育ての苦労が現実としてある以上、これから新しく子供を持つ人たちが不安になったり自分の情報を得たいと思ったりすることは当然のことだと思います。どちらもそれぞれの立場の自然な意見だと思います。


Nozomi Shiya / BuzzFeed / Getty Images



人工妊娠中絶、個人を責める問題か?


産婦人科医の中には、出生前検査を行って人工妊娠中絶を選ぶことに対してネガティブな意見を持っている人が、年配の医師を中心に多くいます。昔は出生前検査がなく、生まれてからでないと分からなかった、親になるなら覚悟を持つべきだという考えなのかもしれません。
しかし、予定外の妊娠や若年妊娠、経済的な理由などで熟慮の末に中絶を選ばざるを得ないという状況は理解できるという産婦人科医が多いように思います。

赤ちゃんの病気と、経済的社会的な問題は、別次元の問題なのでしょうか。特別な人だけではなく、誰しもが親になるかもしれないけれど、個人個人ごとに、カップルごとに、キャパシティー(受容力)はそれぞれです。

状況によっては健常な子供であっても受け入れられない、責任を持って育てきれない、ということもありますし、2人なら可能だけれど、3人目は無理ということもあるでしょう。

夫が家事育児を分担したり、サポートがあったりすれば育てられるけれど、孤立していると耐えられない、という人も多いでしょう。

誰にでもどこかにキャパシティーの限界があります。その境目が、健常な子供なら受け入れられるけれども、重い病気の子供は自分たちには難しい、という人もいると思うのです。

親になる人のところへ、キャパシティーを超えた状態の子供が生まれてきても、乗り越えられない人もいます。それは子供の健康、病気に関わらず起こることです。

この世に授かった全ての命が受け入れられてほしいと願いますが、健常児であっても子育てに苦労を感じる社会です。子供を預けて働きたくても保育園には入れないため退職せざるを得ない人が多くいる一方で、子育てに専念したくても片働きでは生活できないという人も多いです。

もしも生まれた子供に病気があれば、選択肢はより狭まるでしょう。授かった命を選ぶことに対し批判がある一方で、「検査をすれば先天疾患が分かるのに、産んで国の医療費負担を増やすのは親のエゴだ」という考えの人もニュースサイトのコメント欄では多く見かけます。誰からも批判されずに子供を産み育てるのは、とても難しいです。

「健康な子供なら育てられるけれども病気の子供を育てる自信は持てない」という個人を批判したり、医療者が上から目線で検査へのアクセスを制限したりすることよりも、親になる人がキャパシティーをより大きく持てる社会にするにはどうすればいいかを議論したいです。

現状では妊婦さん一人一人に提供される情報量にムラがありすぎます。赤ちゃんの持ちうる病気について知った上で、赤ちゃんの情報を「知る」か「知らない」かを選ぶ権利が持てるようになってほしい。

そして「知る」ことを選択した人が、不必要に罪悪感を持たずにすみ、授かった命を産むことを決断しやすい社会になるよう願っています。


【宋美玄(そん・みひょん)】 産婦人科医、医学博士
1976年、神戸市生まれ。2001年、大阪大学医学部卒業。川崎医科大学講師、ロンドン大学病院留学を経て、2010年から国内で産婦人科医として勤務。主な著書に「女医が教える本当に気持ちのいいセックス」(ブックマン社)など。2017年9月に「丸の内の森レディースクリニック」を開業した。

その他の記事

※この記事は、Yahoo! JAPAN限定先行配信記事です。